2018年1月26日金曜日

椎間関節性腰痛


椎間関節性腰痛とは、椎間関節に主な原因がある腰痛のことです。急性の腰痛(ギックリ腰)、また慢性化した腰痛の原因として重視されています。

急性期でも慢性期でも、同じ高位の関節に痛みが生じます。ただし、痛みの性質は異なります。

また、椎間関節が障害されても、坐骨神経根を刺激して下腿にまで痛みが放散することは少ないとされます。



急性の椎間関節性腰痛

急性症は椎間関節捻挫とも呼ばれ、ギックリ腰の代表的な病態です。重量物の挙上や急激な体位の変換により、椎間関節が過伸展され、捻挫をおこすことがあります。

椎間関節は、外部を関節包が覆い、関節包の内側には滑膜を有しています。関節を支持する関節包や靭帯には、たくさんの知覚神経が分布しています。

とくに、L4-5椎間関節部(L4椎関)とL5-S椎間関節部(L5椎関)は、日常的に大きな負荷がかかっています。そのため、この高位で椎間関節症が好発します。


症状の特徴として、

・ 多くの場合、第5椎間関節および第4椎間関節あたりに強い痛みを感じます。

・ この関節に負荷のかかる動作で痛みが増悪します。

・ 無意識にも患側の椎間関節を広げて、障害部に負荷がかからない姿勢をとって痛みを軽減します。

・ 椎間関節症により坐骨神経根が絞扼されることは少ないとされます。

・ 下肢への関連痛として、上殿部-大腿外側-膝の前面に痛みが放散することがあります。


組織の障害による炎症を引き金として、急性の腰痛(ギックリ腰)を発症します。また、関節包や勒帯が関節裂隙にくい込んで激痛を発することもあります。



慢性化した椎間関節性腰痛

椎間関節の加齢による変性を基盤とした変化は、慢性腰痛の原因となります。とくに日常負荷の大きいL4-5、L5-S椎間関節部は、中・高年以上になると次第に加齢による変性がおこりやすくなります。

関節軟骨の表層が摩耗したり、辺縁部に骨棘みられたりします。こうして関節の適合性が悪くなると、機械的なストレスがつくられます。すると、関節包や靭帯が異常に緊張したり、滑膜に炎症が生じたりします。

椎間関節の関節包には、腰神経後枝内側枝が豊富に分布しています。関節軟骨部にも、多くの知覚神経終末が存在します。関節に変性や炎症が生じると、これらの知覚神経を刺激して、腰部の疼痛を発生させます。

また、椎間関節に変性が生じると、関節包は肥厚し、弾力が減少して損傷されやすくなります。思い当たる原因動作もないのに、ギックリ腰と同じような腰痛を呈することがあります。これらは発症する前より、すでに関節症性変化という基整が存在していたためと考えられます。

慢性期では、炎症性の激しい痛みを感じることは少なくなります徐々に発症しながら慢性化の経過を示します。痛みが慢性化することで、複合的な症状が現れます。


症状の特徴として、

・ 一日中、重苦しい、鈍い痛みがつきまとう

・ 体がかたく、体幹の前屈運動で指と床の距離が大きい

・ 腰にこわばりやきしり音を感じる

・ 朝、起床時の動きに痛みがある

・ 動作を始めるとき腰痛がある

・ からだの動きで痛みが生じるが、動かしているうちに痛みが軽減する

・ 腰部の関節をゆるめるような体操が気持ちいい

・ 同じ姿勢を長時間続けていると、痛みが増悪する

・ 腰殿部から下肢への関連痛がある


経過が長くなると、下部腰椎の椎間関節に由来する関連痛が強くなります。そして大腿神経が刺激を受けて、殿部から股関節外側、膝関節へと放散される鈍い痛みがおこります。

椎間関節の動き・機能が低下することで、協調する骨盤-股関節-膝関節の可動性も悪くなります。そして、相互に悪影響を及ぼしながら、椎間関節の機能を障害していきます。



連通=広範囲な症状

慢性化するなかで、腰痛と同時に、殿部から大腿部にかけて痛みを感じます。殿部から大腿部に分布される神経は、障害を受ける下部腰椎の近くを走行しています。関節の炎症によって神経が刺激されると、その神経の支配領域である殿部や大腿部に痛み(関連痛)を放散します。

関連痛は、疼痛部位の知覚障害や圧痛だけでなく、筋肉にも過緊張をつくります。こうして多くの発痛点を広範囲に形成しながら、痛みを発生させていきます。

まれには、椎間関節包の肥厚、関節辺縁部の骨棘により黄色靭帯が前方に圧迫され、脊柱管や椎間孔を狭め、神経根症状を発症させます。このような症状は、椎間関節の変化というより、脊椎すべり症や脊柱管狭窄症など、他の因子も加わった複合障害の結果と考えられます。


2018年1月25日木曜日

椎間板ヘルニア・椎間板症


椎骨と椎骨の間には、椎間板があります。椎間板の中心には、水分を多く含む「髄核」があります。髄核の周囲は「繊維輪」が同心円状に取り巻いています。

椎間板は、脊柱の自由な運動を可能にしながら、かかる衝撃を吸収しています。

負担の大きい椎間板は、繊維輪が障害を受けやすくなります。たとえば、重い物を持つような動作が誘因となり、椎間板が損傷されます。

障害を受けた繊維輪の亀裂から、髄核中の物質がしみ出てきた状態が椎間板ヘルニアです。

腰部椎間板ヘルニアの症状は、「激しい腰痛」、障害された神経が支配する「下肢への症状」、特徴的な「その他の所見」に分けることができます。



1.激しい腰痛
  • 急性の椎間板ヘルニアは、いわゆるギックリ腰として発症します。
  • ヘルニアの突出が軽度で、神経根に達していないときは、腰痛のみを訴えます。
  • ただし、損傷した椎間板が腫れて、知覚神経の豊富な後縦靭帯を強く刺激するので、激しい腰痛がおこります。
  • 激痛のため、からだを動かすことも難しくなります。
  • 痛みは動作によって増悪し、安静によって軽減します。
  • けれども炎症が強いときは、安静にしていても痛みを感じます。
  • 自発痛や夜間痛があって睡眠を妨げられることもあります。
  • 咳やクシャミによって、放散痛が誘発されます。


2.下肢への症状
  • 大半の椎間板ヘルニアは、坐骨神経根が刺激されて、下肢への放散痛を訴えるといいます。
  • ヘルニアが、神経根と軽度に接触するとき、殿部にも痛みを訴えます。
  • ヘルニアと神経根の接触が広くなると、疼痛域は大腿部の後側・外側から、下腿部の後側・外側・前外側、ときには踵や足背にまで拡大します。
  • さらに大きなヘルニアが、長期にわたり神経根を圧迫していると、痛みとともにシビレが現れます。
  • 足の感覚異常(触った感じが左右で違う)、筋力低下(かかと立ち・つま先立ちが、左右別々では難しい)があれば、強く圧迫する大きなヘルニアの存在が示唆されます。
  • 重度のヘルニアが馬尾神経まで刺激すると、歩行時の異常、虫が走るようなゾワゾワ感、灼熱感、冷感などが両下肢に出現します。


3.その他の所見
  • 下肢を伸展したまま30~40°挙上するなかで、殿部から下肢後側に痛みの再現や増悪をみます。
  • アキレス腱反射が、減弱または消失します。
  • 痛みにより、坐骨神経痛性の側弯がみられるかもしれません。
  • 主には、第5腰神経・第1仙骨神経が支配する領域に、知覚の異常、筋力の低下、深部反射の減弱がみられます。
  • 複数の支配領域にまたがり症状を認めるときは、大きなヘルニアの存在が示唆されます。


〈注〉

当治療院がおこなうベッドサイドでの検査では、ヘルニアの存在は分かりません。椎間板に痛みの主な原因があると推察するなら、それは椎間板症とした方が適切でしょう。

しかし、多くの患者さんが、椎間板に問題がある腰痛を椎間板ヘルニアと理解されています。そこで、椎間板に問題がある腰痛を一括りにして、「椎間板ヘルニア」という言葉を用いて説明します。



ヘルニアの種類

椎間板ヘルニアの程度(大きさ)は、「膨隆」と「脱出」に分けられます。


1.椎間板膨隆

線維輪の一部に断裂があり、椎間板が後側方に膨れ上がっている状態です。ただし髄核は、線維輪内にとどまっています。この状態が「椎間板膨隆」です。腫れた椎間板が、知覚神経の豊富な後縦靭帯を強く刺激するので、激しい腰痛がおこります。


2.椎間板脱出

線維輪の後方が完全に断裂して、髄核が線維輪の外にしみ出ている状態です。この状態が「椎間板脱出」です。脱出した髄核が、椎間孔で坐骨神経根を刺激すると、腰痛よりも下肢への痛みやシビレを強く感じます。

さらに大きな髄核が中心で脱出すると、脊柱管で馬尾神経まで絞扼します。すると、坐骨神経痛とともに、馬尾神経症状も併発するようになります。



好発年齢

椎間板の中心にある髄核は、水分が豊富にあります。ところが髄核は、加齢変化により水分量が減少して、徐々に柔軟性を失っていきます。

腰部椎間板ヘルニアは、20~40歳代の青壮年期に好発します。そのなかで、20歳代が最も多く、次いで30歳代、40歳代と続きます。

とくに、活動性の高い男性に多い

若年層の坐骨神経痛は、椎間板ヘルニアの可能性が疑われます。高齢者の坐骨神経痛は、まずは変形性腰椎症や脊柱管狭窄症など、他の疾患を考慮すべきかもしれません。



好発部位

椎間板の後方では、ヘルニアが出ないように後縦靭帯が保護しています。ところが、腰椎の下部にいくにつれて、後縦靭帯の幅が細くなります。腰椎の下部は、動的な負荷が大きいので、とくに椎間板の障害が好発します。


1.ヘルニアがおこる高位の確率は、
  • 第4腰椎-第5腰椎間で、約50%
  • 第5腰椎-第1仙骨間で、約20%
下部腰椎で生じたヘルニアは、後縦靭帯をよけるよう片側に、後外側方向への突出が多くなります。


2.各高位のヘルニアが刺激する神経根は、
  • 第4腰椎-第5腰椎間のヘルニアは、第5腰神経を圧迫する。
  • 第5腰椎-第1仙骨(仙椎)間のヘルニアは、第1仙骨神経を圧迫する。
神経根で圧迫刺激を受けると、その神経が支配する領域に痛み、シビレの症状が現れます。


3.各神経の支配領域は、
  • 第4腰神経は、膝からすねあたりに症状が出る。
  • 第5腰神経は、太ももの後ろから、下腿の外側と足の甲に症状が出る。まれに股関節の前面あたりに痛みの出る方もおられる。
  • 第1仙骨神経は、太ももの後ろからふくらはぎ、足の外側から足裏に症状が出る。
一般には、第5腰神経の障害が、腰椎でのヘルニアの過半数を占めることになります。しかし、第4腰椎-第5腰椎間のヘルニアが大きくなると、第4腰神経と第5腰神経の両方を圧迫するかもしれません。



痛みの原因

椎間板ヘルニアには、「ズッキーンとした電撃痛」と「慢性化した痛みとシビレ」があります。


1.ズッキーンとした電撃痛

末梢神経は、単純に圧迫されると、支配領域に麻痺とシビレが生じます。まさに正座をして「足がしびれた」状態です。しかし、坐骨神経痛のようなズッキーンとした電撃痛はおこりません。


椎間板ヘルニアが坐骨神経痛をおこすまでには、以下の経過をたどります。

→ 椎間板ヘルニアにより、坐骨神経根および周囲組織が圧迫される

→ 圧迫されることで、神経根への血液循環が阻害される

→ 炎症による浮腫が、さらに神経根への圧迫刺激を強める

→ 圧迫刺激を受け続け、緊張下におかれると、やがて神経根に炎症が発生する

→ ヘルニアによる圧迫刺激と炎症性物質による侵害刺激を受ける

→ 神経根は痛みに過敏な状態となる

→ その結果、小さな刺激にも反応して、坐骨神経の経路に沿って電撃痛が走るようになる



2.慢性化した痛みとシビレ

椎間板ヘルニアは時間の経過とともに、しみ出した髄核物質の水分量が減少して萎縮し、瘢痕化して神経根への圧力を失っていきます。


しかし、次のような変化により痛みが緩和しづらくなります。

→ 神経根炎が長期にわたると、周辺組織に繊維化や癒着がおこる

→ 繊維化や癒着による固着やねじれにより、動作に伴って過剰な刺激が発せられる

→ 重苦しく鈍い腰痛が、常時まとわりつくようになる

→ 侵害刺激がつくる過剰な緊張は、神経根および周囲組織の血液循環を阻害する

→ 循環障害が慢性化することで、組織の変性が助長される

→ 神経根周辺組織の繊維化、癒着、変性が重なり、神経根への炎症が持続される

→ 椎間板ヘルニアによる圧力がなくなっても、坐骨神経痛が生じるようになる



病院の診療を優先するとき

次のような病態では、当治療院での施術の前に、整形外科等の病院での治療を優先すべきと考えています。



1.受傷直後のギックリ腰のとき

腰部椎間板ヘルニアを疑う患者さんの大半が、いわゆるギックリ腰として施術を希望されます。たとえば、椎間板ヘルニアは働き盛りの年齢層に好発します。そのため、安静にして休んでいられないから、少しでも早く痛みを和らげてほしいといわれます。カイロプラクテック・マニピュレーション療法には、様々な理解がありますが、以下の理由から、当治療院での施術は「炎症が強い急性期の痛みには不適当、もしくは禁忌」と考えております。

1) 激しい痛みが発症するまでには、小さな椎間板への障害が繰り返し生じている

2) 弱化した椎間板は、小さな刺激にでも炎症を強くしたり損傷を深くしたりする危険が大きい

3) 寝返りもままならない、歩くのもつらい状態では、十分な施療をおこなうことができない

「病気の重症度や職種によって一概にはいえませんが、1ヵ月から数ヵ月間も仕事を休んで治療を継続しなければならない、というような例も決して少なくないはずです。この場合、患者が勤め人であるなら、会社へ提出する診断書が必要になり」ますが、治療院では「休業を保証する診断書の提出が不可能である」と、患者さんの立場からいわれます(代田ほか,1994)。

これを教訓として当治療院では、椎間板ヘルニアを疑うようなギックリ腰の人には、まずは病院での治療を第一義のすることをお勧めしています。



2.異なる症状があるとき

次のような症状がある場合は、単純な椎間板ヘルニアではないかもしれません。そのため、当治療院の施療を受ける前には、かかりつけの医師に相談してみてください。そこで、特別な異常がないと診断された場合は、安心して施療をおまかせいただきたく存じます。

1) 安静にしていても激しい痛みがある

2) 夜間の痛みでよく眠れない

3) 症状が増悪の一途をたどっている

4) 歩いていると下肢が痛くなり、歩けなくなる

5) 足がとても冷える、ゾワゾワした感じがする

6) からだの動きで痛みの増悪をみない、いつも痛い

7) もっぱら安静に、一番楽にしていても痛い



文献

代田文彦,出端昭男,松本丈明(1994)鍼灸不適応疾患の鑑別と対策-66症例から学ぶ.医道の日本.p.187.


筋筋膜性腰痛


筋筋膜性腰痛とは、筋肉や筋膜に主な原因がある腰痛のことです。急性の腰痛(ギックリ腰)、また慢性化した腰痛の原因として重視されています。

筋筋膜性腰痛は、急性期でも慢性期でも、同じ部位に痛みが生じます。ただし、痛みの性質は異なります。



急性の筋筋膜性腰痛

急性の筋筋膜性腰痛は、いわゆるギックリ腰として発症します。重いものを持ったり、急に体をひねったりしたとき、ギックリ腰として発症します。

筋肉や筋膜に強い力が作用したり、過剰に伸ばされたりして損傷されます。この損傷に基づく炎症が病態の基礎となり、筋筋膜性腰痛が生じます。


症状の特徴として、

・ 片側性の腰痛が多くなります。

・ 障害された部位には、著明な圧痛が現れます。

・ 最初のうちは、痛みはひどくなくかもしれません。

・ 時間の経過とともに炎症が広がり、徐々に痛みも強くなります。

・ 急性症では、局所の熱感や腫脹がみられます。

・ 障害された筋肉を伸ばすと痛みが増強するので、健側凸の側弯姿勢となります。



慢性化した筋筋膜性腰痛

過緊張を持続する様々な原因によって慢性期の筋筋膜性腰痛はおこります。


たとえば、急性の筋筋膜性腰痛により、炎症に基づく循環障害がつくられます。

→ 循環障害が慢性化するなかで、結合組織が増殖したり筋膜が肥厚したりします。

→ 背腰筋がオーバーワークの状態に陥っても、異常な緊張や攣縮がおこります。

→ 筋肉の異常な緊張や攣縮は、血液循環を阻害します。

→ そして、酸素が不足したり疲労物質が蓄積したりして、慢性化した筋肉痛が現れます。


慢性化した筋肉痛による過緊張や筋肉の疲労が、さらなる痛みをつくるといった「痛みの悪循環」を形成します。


症状の特徴として、

・ 急性期と同様の筋肉部に、局在性の著明な圧痛や硬結が認められます。

・ ところが押圧したり伸張したりしても、急性期ほど激しい痛みは現れません。

・ むしろ「痛いけど気持ちいい」と感じます。

・ 動作に伴う激痛というよりは、常に鈍痛があるという状態です。

・ 熱感はなく、循環障害により周囲よりも冷たくなります。



複合症状への移行

筋筋膜性腰痛が慢性化するなかで、緊張度の増した腰椎は、反り返りが強くなります。腰椎の反り返りが強くなることで、椎間関節に負荷がかかります。

やがて、椎間関節性腰痛も混合した症状が現れます。椎間関節性腰痛を併発すると、下部腰椎‐殿部‐股関節周囲にも痛みが放散します。

また、椎間関節や椎間板の機能が低下すると、腰部が不安定になります。その不安定な腰部を支えようと、筋肉は過剰な緊張を強いられます。

こうして、筋筋膜性腰痛も増悪します。筋筋膜性腰痛は、筋肉の慢性化したコリ感にだけでなく、椎間関節や椎間板も関連しながら痛みをつくります。


ぎっくり腰・急性腰痛症


突然、腰に強い痛みがおこる急性腰痛は、ぎっくり腰ともいわれます。ドイツ語では、ぎっくり腰を「魔女の一撃」と表現するそうです。

ぎっくり腰には、「あのときの・・・」という原因動作があります。その多くは、重い物を持ったり腰をひねったりして、強い負荷が腰部に作用したとき、筋肉や関節の椎間板が損傷を受けて、一撃を食らいます。

ぎっくり腰は炎症による痛み、

組織が損傷を受けると炎症がつくられ、痛みを発するようになります。痛みにより緊張が増すことで、さらに神経が過敏な状態となり、少し動くだけでもズキンとした電撃痛が生じます。

原因動作が思い当たらない、

ぎっくり腰は、単純に「外からの一撃」とは理解できません。たとえば、あの程度の動作で、ぎっくり腰に・・・」ということがあります。思い当たるような無理もしていないのに、急に」という訴えさえ少なくありません。

組織の弱化が下地に、

理由の一つとして、オーバーワークによる無理が少しずつ蓄積していくなかで、組織が弱化していたことが考えられます。そのため、何気ない動作でも簡単に組織が損傷を受けたのでしょう。

つまり、ぎっくり腰が発症した下地には、無理の蓄積や組織の弱化が隠れていたのです。それが魔女の正体なのかもしれません。



施術のポイント

腰痛への手技療法の効果について「有効」だと評価する研究報告は、世界中で数多にあります。たとえば、

米国では、カイロプラクティックは補完療法として、腰痛を抱える多くの人が施術を受けています。アメリカ国立補完統合衛生センター(NCCIH)の研究によれば、一部の人にはカイロプラクティック療法・脊椎矯正が腰痛に有効であるということが示されています(詳細:Spinal Manipulation for Low-Back Pain)。

しかし、ぎっくり腰(急性腰痛)と慢性化した腰痛は、同じように施術をおこなってはならないと考えます。



慢性腰痛とは異なる方針

操体法にも精通する誠快醫院 鹿島田忠史 医師は、急性腰痛への「指圧、カイロプラクティック、操体法、SPAT」について、次のように述べておられます。

経験した範囲ではこれらの理学療法も自発痛・運動痛が強いときには控えた方がよいと思われる。それは一旦炎症が完成したときにはいかなる刺激も炎症を増悪させ腰痛がかえって悪化するからである。多少なりとも痛くない運動範囲が生じたときには、カイロプラクティックやSPATなどによる骨格歪み矯正は治癒までの期間短縮や慢性化予防に効果が期待できる(鹿島田,2005)。

当治療院では、関節への運動操作・矯正を中心とした施術をおこなっています。ぎっくり腰では、この施療による刺激が痛みを増悪させる危険があります。そこで、鹿島田医師の理解を参考に「多少なりとも痛くない運動範囲が生じたとき」を目安として、ぎっくり腰の施術をおこないます。



1.受傷後3日以内、ズキンとした電撃痛への施術

〈関節操作は不適応 × 〉

急性期の炎症が強い病態では、患部を冷やし、固定し、安静を保つことが肝要でしょう。そのうえ、施術ベッドに横になるのも苦痛なときは、十分な施術もおこなえません。痛みをこらえて来院されて施術ができないようでは申し訳ないので、下記の場合は、当治療院での施術は不適当とお伝えしています。

・ からだを動かすとズキンとした電撃痛が走る

・ 寝返りをすることも容易でない

・ からだを動かしたくない、静かにしていたい

・ 受傷から3日以内の痛みである


〈施術の方針〉

ぎっくり腰は、急性期の炎症が痛みの根本にあると思われます。そのため、当治療院が主としておこなっている関節操作・矯正刺激は、この炎症を強くするリスクがあります。そこで、痛みが一番強い反応点(ツボ)に円皮鍼を貼り、持続的に痛み感覚を抑制するよう施術をおこないます。


〈効果の予測〉

円皮鍼による皮膚を介した抑制刺激は、表在性の痛みには有効です。しかし、深部性の痛みには効果が薄いかもしれません。つまり、当治療院での積極的な施術は、急性期の炎症症状が軽減し、痛みの主役が機能障害に移行する時期からが適応になります。その目安は、一般には受傷から3日目以降としています。



2.痛みによる過緊張への施術

〈慎重に短時間で △ 〉

急性期の炎症があるところは、腫れ・発赤・熱感・痛みが生じます。そして、「痛い痛い」と患部をもみほぐしながら、鋭敏な痛みを和らげることはしないでしょう(急性期の痛みに「もむ」は不適応です)。

けれども、痛みのある部位は、防衛反応として筋肉の緊張度を高くします。ところが、筋肉の緊張が強すぎると、やがて血液循環を阻害して痛みに過敏な状態をつくります。また、からだが防衛反応に終始していると、損傷した部位を治そうとする機能がうまく働きません。


〈施術の方針〉

急性期の強い痛みが落ち着いたら、筋肉の過度な緊張を適度にゆるめるよう、持続的な押圧刺激を施します。さらに、調子をはかりながら関節部に細かなマニピュレーションを加えます。こうして痛みの軽減をはかりながら、徐々に関節操作・矯正を施し、腰痛が慢性症状へと移行しないよう予防します。ただし、炎症を惹起させないよう施術時間は短くいたします。


〈効果の予測〉

当治療院の施術は、炎症や痛みそのものを消し去るものではありません。それは、早く炎症が和らぐよう自然治癒力が働きやすい状態を整える、または痛みが慢性化するのを予防するというアプローチです。ぎっくり腰は、何らかの原因により筋肉・椎間関節・椎間板が損傷されたことによる炎症が痛みの根本にあります。そのため、一回の施術で痛みが減った、ずいぶん良くなったという早急な成果は、あまり期待できないものとご理解いください。



文献

National Center for Complementary and Integrative Health(2013)Spinal Manipulation for Low-Back Pain.https://nccih.nih.gov/health/pain/spinemanipulation.htm,(参照日2017年3月16日).
鹿島田忠史(2005)急性腰痛への西洋医学的アプローチ.医道の日本,746:p.22-25.


2018年1月24日水曜日

胸郭出口症候群 


胸郭出口部とは、前斜角筋、中斜角筋、鎖骨、第1肋骨で囲まれた部分をさします。この隙間には、上肢につながる神経(腕神経叢)と血管(鎖骨下動脈・静脈)が通っています。

胸郭出口症候群とは、胸郭出口部が狭くなり、そこを通過する神経や血管が持続的に圧迫や牽引といった刺激を受けることでおこる、一連の神経血管症状のことです。

1) 胸郭出口部で圧迫され、機械的刺激を受けている
2) 胸郭出口部の遊びがなくなり、牽引刺激を受けている
3) 持続的に牽引され、伸長刺激に過敏になっている

胸郭出口部を構成する斜角筋・鎖骨下筋・小胸筋の過緊張、肩甲帯の下垂した姿勢が、相互に関連して症候群をつくっています。とくに瘢痕化してこわばった斜角筋が、胸郭出口部を狭くします。

胸郭出口部の近くでは、頚椎の両側を自律神経が走行しています。そのため、胸郭出口症候群が長期にわたると自律神経の働きも障害され、複雑な症状が現れることもあります。

そのため胸郭出口症候群は、神経血管症状だけでなく多彩な随伴症状もみられます。



1.神経血管症状

胸郭出口部の筋肉の過緊張により、上肢につながる神経と動脈(静脈)が同時に圧迫されるため、次のような症状が現れます。また、シビレがあっても、触覚は鋭敏に分かることが多いといいます。

1) 首肩のコリ、痛み
2) のどの圧迫感
3) 肩甲骨周囲のコリ、痛み
4) 背中のハリ感
5) 上肢の痛み・シビレ感
6) 上肢の脱力感・よく物をおとす
7) 手指の冷感
8) 手指のふるえ・こわばり
9) 発汗異常等



2.多彩な随伴症状

長期にわたり改善しないと、頭部・全身に症状が広がります。さらに、頚部のコリが自律神経(頚部交感神経幹)に悪影響を与えることがあります。こうして、下記のように多彩な症状が現れるようになります。

1) 頭痛
2) めまい
3) 吐き気
4) 不眠
5) 目の奥の痛み・かすみ
6) 耳鳴り
7) 全身倦怠感
8) 集中力の低下
9) 胃腸障害



頚椎症との併発

頚椎症になると二次的に、斜角筋も過剰に緊張するようになります。そのため、頚椎症に続発して胸郭出口症候群を合併することがあります。



障害を受けやすい部位

胸郭出口には、障害を受けやすい部位が4つあります。その部位により頚肋症候群、斜角筋症候群、肋鎖症候群、小胸筋(過外転)症候群と分類されることがあります。しかし、それぞれの部位が相互に関連しながら症候群をつくります。そのため現在は、明確に区分して症状を分類することはないかもしれません。



姿勢による症状の増悪

次の1)から4)の動作や姿勢は、胸郭出口部を狭くします。そのため症状が増悪(×)します。また5)から7)では、胸郭出口部にかかる負荷が軽減されるので、症状が緩和(○)されます。

1) 電車の吊革につかまるように、腕を上げていると辛い--×
2) 洗濯物を干していると辛くなる--×
3) 買い物袋を手に下げるなど、腕が引っ張られていると辛い--×
4) 仰向けで寝ていられない--×
5) 食事の際も、無意識に肘をついている、楽--○
6) 猫背の姿勢が楽(肋鎖間隙を広げる)--○
7) 腕を組んでいると楽--○



頑固な肩こり

頑固な肩こりは、胸郭出口の障害によるものが少なくありません。下記のような症状が複数重なる肩こりは、胸郭出口症候群かもしれません。

1) 治療のあとしばらくの間は楽だけど、すぐに元に戻る
2) 症状がなかなか改善しない
3) 広範囲の領域にまたがる
4) 肉体的には疲労しているわけでもないのに、倦怠感がある
5) 頚椎症という診断を受けている
6) 交通事故などの外傷あり(むち打ち損傷、鎖骨・肋骨骨折、筋や腕神経叢の損傷)
7) 不良姿勢 (直頸椎、猫背、なで肩体型、いかり肩体型)
8) 上肢および手指を酷使する職業
9) 腕を上げたままの姿勢で仕事をする職業



頚椎症性神経根症との違い

胸郭出口症候群は、頚椎症性神経根症と類似した症状が現れます。ただし、以下のような違いがあります。



1.神経血管症状

頚椎症性神経根症は、主症状が痛みです。デルマトームに従って知覚鈍麻もおこります。動脈を圧迫していない神経根症では、冷えは感じません。

胸郭出口症候群は、上肢につながる神経と血管が、同時に刺激を受けています。そのため、腕全体のピリピリ、ジリジリした痛みとともに、倦怠感・シビレ感・手指の冷感がおこります。



2.性別

神経根症は、中高年の男性に多く発症します。胸郭出口症候群は、20~30歳代の女性に好発する傾向にあります。



3.上肢の動きで増悪

健胸郭出口症候群では、上肢の挙上位や外転位など、腕の動きで愁訴の誘発や増悪がみられます。けれども神経根症と違って、頚椎の動きだけで症状の増悪をみることはありません。



原因となる2つの外傷

胸郭出口症候群の大部分は、頚部外傷により瘢痕化した斜角筋により生じるとされます。外傷といっても、事故による「一撃外傷型」と日常生活や就労の負荷による「累積外傷型」があります。



1.一撃外傷型

交通事故による外傷を契機とした胸郭出口症候群は、少なくないとされます。また、肩甲胸郭関節は動きが大きいため無理が蓄積しやすく、加齢変化・組織の変性を助長します。



2.累積外傷型

日常負荷の累積として肥満、巨乳、加齢により肩甲帯が下垂することで発症するといわれます。肩甲帯が下垂した姿勢・体型では、腕神経叢が持続的に牽引され、神経内の血液循環が障害されます。



頚肋症候群

第7頚椎横突起が、先天的に肋骨化して長くなり、胸郭出口部で神経・血管走行を障害しています。腕神経叢の絞扼をおこしやすく、上肢帯や上肢の運動や感覚が障害されます。鎖骨下動脈は、圧迫される場合とされない場合があります。

頚肋症候群は低頻度といわれます。ただし、頚肋が痛みやシビレの直接的な原因なら、保存療法は効果が薄いと想像します。当治療院では、難治性の症状については病態を推測し、病院での検査をお勧めしています。



文献

加瀬建造(1987)写真・イラストで見る症状・病気別 脊椎動可法Ⅰ.科学新聞社.


2018年1月18日木曜日

頚椎症・変形性頚椎症


頚椎症とは、頚椎に症状(痛み)の原因がある病気のことです。年齢的な骨性の変化がみられることから、変形性頚椎症ともいわれます。

加齢により頚椎の関節面の適合が悪くなると、首を動かすたびに過剰な刺激が発せられます。過剰な刺激は、筋肉や関節の緊張を高めながら、炎症をつくって痛みに過敏な状態となります。

頚椎の変化は誰にでもおこる生理的な現象です。そのため、骨性の変形が認められても、必ずしも症状が現れるとは限りません。頚椎症は、複合的な因子が重なって発症します。



頚椎症状として

頚椎や周辺組織には、たくさんの神経が分布しています。加齢による変形や変性によって可動性が悪くなると、動作に伴うキシミとして、過剰な刺激が発せられるようになります。この侵害刺激が緊張状態を高めながら、次のような症状をつくっていきます。

1) 慢性的に肩がこる
2) 首筋が痛い
3) 頭痛がする
4) 目がショボショボする
5) 耳鳴りがする
6) めまいがする
7) 同じ姿勢を長く続けていると辛い
8) 朝方よりも、疲れてくると具合が悪い

※ 頚椎の動きで症状が増悪する、動きが悪いなど「動作」に関連した症状が伴います。



神経根が刺激を受けると

脊髄からのびる神経が、椎間孔を出る部分は神経根といいます。頚椎症の変化により椎間孔が狭くなり、神経根が圧迫刺激を受け続けるなかで、神経根炎をおこすことがあります。

頚椎症が好発する下部頚椎からは、上肢に分布する神経がのびていきます。神経根炎が生じて物理的な圧迫刺激が増すと、次のような症状がおこります。

1) 首にズキンとした強い痛みがある
2) 首を反らせる姿勢で、症状の再現や増悪をみる
3) 手や指先がしびれる、感覚が鈍い、力が入りづらい



頚髄の症状として

脊髄は、椎孔が連なってつくられる脊柱管のなかを通ります。頚椎症の変化として脊柱管が狭小化し、頚髄が圧迫刺激を受けることがあります。こうして頚部で脊髄が障害を受けると、次の症状が現れます。

1) 両手がしびれる(初めは片側に現れることもある)
2) 指がもつれる
3) 手に力が入らない
4) 脚がしびれてもつれる
5) 歩きにくい
6) 階段が下りにくい

※ 病態が悪くなると排尿や排便の機能も低下することがある



治療院での適応

年齢による頚椎の変形が、痛みの直接的な原因なら、当治療院での保存療法は不適当か効果が小さいでしょう。

しかし、加齢による骨性の変化が予想されても、多くの痛みは、炎症・過緊張・循環障害など、可逆的変化が複合して生じています。当治療院では、以下のように施術の適応を考えています。

頚椎症状  加齢による一般的な病態は、施療は適応 〇
神経根症状 一概に不適応とはいえませんが、慎重に △
脊髄症状  禁忌または不適当、施術効果の持続なし ×



1.頚椎症状

加齢による一般的な病態は、適応。

当治療院がおこなう関節操作・矯正を中心とする施術は、とくに頚椎症状の機能障害には効果が期待できます。



2.神経根症状

不適応ではないが、慎重に判断。

神経根への圧迫原因が、椎間板の膨隆や炎症による腫脹なら、一概に不適応とはいえません。頚椎の可動性の回復をはかりながら血液循環を促していくことで、神経根への圧迫刺激は軽減するものです。

施術が適応する頚椎症神経根症状は、軽度の慢性化した病態のみです。また、長期間の圧迫刺激により神経根部の組織に変性がおこると、圧迫刺激がなくなっても症状が残ることがあります。



3.脊髄症状

禁忌、効果が持続しない不適応。

軽度でも脊椎症状がみられる場合は、原則として施療は禁忌としています。ただし、患者さん自身が脊髄症状について理解したうえで、つらい症状を少しだけでも軽減できれば来院される方もいます。しかし、施療リスクが高い病態のうえ、施術効果もあまり持続しないので、お勧めはできません。



頚椎と椎間板

頚椎とは、首の骨(椎骨)のことで、3つの役割を担っています。

1) 第1~7頚椎が積み重なり、頭を支える柱となっている
2) 脳からつながる脊髄を通す管(脊柱管)や、脊髄からのびる神経を通す穴(椎間孔)を構成
3) 上下の椎骨で関節をつくり、動きを方向づけている

また、第2頚椎よりも下では、椎骨と椎骨の間には椎間板がはさまっています。椎間板の中心には水分を多く含んだゼリー状の髄核があり、その周りを繊維輪という丈夫な組織が同心円状に幾重にも取り囲んでいます。

この椎間板は2つの働きをしています。

1) 椎骨の間にあってクッションの役割をもち、かかる衝撃を吸収している
2) 丸い髄核の上で、椎骨は自由に動くことができる

頚椎・椎間板のほか、靭帯・関節包・筋肉などを含めて首は構成されています。



変形しやすい特殊な関節

頚椎には、椎体の両背側にルシュカ関節があります。これは、頚椎だけにある特別な関節です。上下の椎体が関節を形成しているもので、神経根の出口である椎間孔に位置します。

ところが、年齢に伴う退行変性により、ルシュカ関節に骨棘が形成されることがあります。そして、椎間孔を狭くしたり、神経根を圧迫したりして刺激するかもしれません。



複合的な原因

頚椎にみられる「加齢に伴う骨性の変化」は、椎間板の変性から始まります。そして、頚椎は不安定になり、過剰な緊張をつくります。

この過緊張は筋肉を固くし、血液循環を悪くしながら炎症をつくり、痛み刺激に敏感な状態となります。

さらに、この痛みがさらなる緊張をもたらし、「痛みの悪循環」が形成されるなかで、靭帯や関節包の肥厚、椎間板の変性、頚椎の変形が進行していきます。

このように椎間板の機能低下から始まり、頚椎ユニットの構造的な変化へとすすみ、慢性化した複合症状がつくられていきます。

頚椎症は、年齢による頚椎の変形だけでなく、靭帯や関節包、椎間板や筋肉に変化がおよぶ複合的な病態といえます。

1) 椎間板の機能低下(厚み・柔軟性の減少)
2) 神経の出入り口の狭小化
3) 関節面の不安定化
4) 首の運動により、過剰な刺激がつくられ、緊張度が増す
5) 循環障害による慢性化した浮腫、炎症の形成
6) 痛み刺激に過敏になる
7) 痛みの悪循環が形成されるなかで、組織の弱化・変性が助長される
8) 骨棘などの変形、神経根部の癒着・絞扼・ねじれがつくられる



胸郭出口部への波及

頚部で神経が絞扼されると、上肢にシビレや知覚低下が現れます。絞扼される神経と部位には、椎間孔での神経根のほか、胸郭出口での腕神経叢があります。

頚椎症による痛みは、胸郭出口部の筋肉にも緊張をつくります。

椎間孔に問題がある場合、そこに負荷をかける頚椎の運動で、症状が増悪します。しかし、胸郭出口部の緊張に問題があるなら、頚椎の負荷をかけても、症状は増悪しません。また、腱反射・筋力低下は正常・知覚低下も生じません。

胸郭出口部の緊張は、腕につながる動脈(鎖骨下動脈)を締め付けるので、指先が冷えるようになります。けれども、頚椎症では、血管症状はみられません。


いわゆる肩こり


筋肉は筋膜に包まれています。筋膜はコラーゲン線維のメッシュ構造により、伸びたり縮んだりすることができます。

ところが、筋肉が疲労するなかで筋膜のメッシュ構造に、粗くなったり密になったりする部位が生じてきます。この筋膜の変化が、押圧すると痛いコリとして触れるようになります。

肩こりとして触れる“こり”は、筋膜の変化したところという意見があります。



筋膜の変化≠肩こりという状態

首肩の筋肉が固くなり、しこっている状態と「肩コリ」は、同一ではありません。肩コリとは自覚症状であり、他人には推察することしかできません。

肩がガチガチにこっていても、肩コリを感じていない人がいます。逆に、肩の筋肉がやわらかい人でも、強い肩コリに苦しむ人がいます。



触れるコリと自覚するコリ

肩コリは、緊張した状態が持続した結果、刺激に過敏に反応して、小さなコリでも強く苦しく感じています。そのため、いくら肩のコリをほぐしても、根本にある過剰な緊張が持続しているので、すぐにコリ感がもどるのです。

肩の筋肉を支配している神経の過剰な緊張度(トーン)こそ、肩こりの根本原因といえます。



コリの原因

筋肉は、収縮することを仕事としています。中枢(脳・脊髄)から「縮みなさい」という指令が一度伝わると、一度収縮します。指令が続くだけ収縮し、指令が止まると筋肉はゆるみます。

また、筋肉はゆっくり伸ばされると、「ゆるめなさい」という情報を中枢に伝えます。筋肉が収縮するときは、その拮抗筋に「ゆるみなさい」という指令が中枢より伝えられます。

筋肉には緊張度をはかるセンサーがあります。そして、筋肉の状態を中枢に伝えながら、正常な緊張度を保っています。

正常な緊張度を保てない原因として、肩コリには3つの異常が考えられます。
1.筋肉に緊張を強いる刺激が、常に発せられている。
2.筋肉と中枢を結ぶ神経経路の途中に、伝達を阻害している障害がある
3.筋肉内にある緊張度をはかるセンサーが、うまく働いていない



1.緊張を強いる刺激

首から肩の筋肉を支配する神経に、常に過剰な緊張をつくる要因は、すべて肩コリの原因となります。そのため、肩コリの原因は、以下のように多岐にわたります。

1) 肩の筋肉を酷使する、同じ姿勢をつづける、手先の細かな作業
2) 精神的なストレス
3) 心臓病(狭心症・心筋梗塞)、高血圧、肝臓障害、胃腸障害、肺の病気
4) 眼精疲労
5) 顎関節症(噛み合せの悪さ)
6) 耳鳴り、めまい、蓄膿症
7) 生理にともなう肩コリ   など



2.神経伝達を阻害する障害

頚椎は、脊髄を通す“管”や末梢にのびる神経が出入りする“孔”を構成しています。そのうえ重い頭を支えながら、大きな動きも担っています。そのため悪い姿勢が持続すると、過剰な刺激が生じて神経の働き(緊張度)を阻害します。

大きく動く頚椎と肋骨により動きが制限された胸椎の間で、下部頚椎は負荷が大きく、障害を受けやすくなります。C5~C8とT1神経の前枝は、腕神経叢を形成しています。なかなか良くならない、難治性の肩コリは、この高位で神経の働きが阻害されているかもしれません。

※  肩甲上部の僧帽筋は、C1~C4神経の前枝で構成される頚神経叢により運動支配されています。この高位での問題は、「緊張型頭痛」を参照ください。



3.緊張度をはかるセンサーの不良

緊張を強いられた状態が続くと、小さな刺激にも痛みを誘発するトリガーポイントが形成されます。逆に、緊張下で知覚が鈍くなり、押圧すると痛いが気持ち良いというツボもつくられます。

筋肉の緊張をはかるセンサーが不良となり、正しい情報を中枢に伝達できない状態が続くと、過剰な緊張をゆるめることができなくなります。こうして緊張下のもとで痛み刺激に過敏となり、血液循環は滞って組織の変性を助長するなかで、肩コリは形成されていきます。



上部頚椎の特殊性

疲労・過緊張は、全身いたるところの筋肉で起こり得ます。しかし、肩コリのような不快な自覚症状は、他の部位ではみられません。肩コリは、頭の位置の変位・頭の動きが制限された結果であり、後頚部には感覚をつかさどる神経が、たくさん通っているという特殊性が影響しているのでしょう。

「上部頸椎は固有感覚に対する末梢での舵取り的な役割をもち、すべての筋組織の緊張度に影響を及ぼす」。「上部頸椎の機能障害は疼痛に影響を及ぼす」(マンフレッド・ハンス,1997,p.26-27)。

「後頭下筋の役割は、頭を支持することに加え、重力に対する頭位の位置関係を判断するセンサーがあり、それを中枢に伝達することで平衡感覚を判断する一つの情報源となる」。「後頭下筋の緊張時(とくに緊張に左右差がある場合)、動揺性めまい(=フラフラ感)が生じることがある」(似田,2015,p.13)。

頭痛がなくても、上部頚椎にみるエンドフィール(可動域の最終でみる停止感・なめらかさ)や左右差を整えながら、緊張度の緩和・均衡をはかる必要があります。



肩甲間部のコリ感

頚椎の歪み・固着(アライメントの異常)による肩コリの場合、頭部前傾姿勢で頚椎カーブが減少し、顎がやや上がっている人が多いように見受けます。頭部前傾姿勢による伸張ストレスは、肩甲挙筋を緊張させ、肩甲骨内上方につっぱり感をつくります。

また、腕神経叢からつながる肩甲背神経は、肩甲挙筋を支配しています。そのため、C5の歪み・固着により生じた過剰な刺激が、肩甲挙筋の緊張となって現れます。さらに肩甲背神経は、肩甲間部にある菱形筋を支配するので、肩甲間部のコリ感となって現れます。



頭痛もちと肩こり

「日頃は首や肩がこって、頭が絞めつけられるように重苦しいが、こじれて酷くなるとズキズキした拍動性の頭痛が加わり、吐き気も伴う」という訴えが多くあります。このように、あるときは緊張型頭痛あるときは片頭痛と、両方の頭痛をもつタイプは「混合性頭痛」といわれます。

この2つの頭痛に共通するのは「肩こり」です。頭痛もちの方は、後頭部から首筋のコリに過敏となり、痛みとして感じています。そして、この軽い状態が緊張型頭痛で、ひどい状態が片頭痛だといえます。

筋肉のコリを主体とする「いわゆる頭痛もちの頭痛」は、当治療院の施療が有効と思われます。頭痛のある肩コリは、「緊張型頭痛」「片頭痛」を参照ください。



文献

マンフレッド エダー・ハンス ティルシャー 著,中川貴雄・野呂瀬紘未 訳(1997)カイロプラクティック・セラピー診断と治療.科学新聞社.
似田敦(2015)1 頭痛.現代鍼灸臨床Ⅰ,271222.